1/48 愛知 零式三座水偵 旧日本海軍零式三座水上偵察機11乙型(E13A1b)(JAKE)_日本模型_未開封のお届けです。
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【零式三座水上偵察機のお話し】
零式水上偵察機(れいしきすいじょうていさつき)は、十二試三座水上偵察機として愛知航空機により開発され、
1940年(昭和15年)12月に日本海軍に兵器採用された水上偵察機。 略称として零式水偵、零水とも呼ばれ、零式小
型水上偵察機との違いを明確にするため零式三座水上偵察機とも表記される。略符号はE13A。連合国が名づけた
コードネームはJake(ジェーク)。
日本海軍は初期の空母・戦艦・巡洋艦・潜水艦に水上偵察機を搭載し、偵察の要として運用すべく準備を重ねて
いた。その仕上げとも言えるのが本機の配備であり、1941年(昭和16年)から艦船や基地への配備が本格化した。
第二次世界大戦(太平洋戦争)開戦時には海軍の主力艦船には本機が搭載されており、艦隊や外地の基地の目とし
て盛んに活動した。
大戦の序盤はそれなりの成果を収めていたが、1943年(昭和18年)以降は水上機特有の速度不足・加速力不足が
主因で、空母の艦載機や迎撃戦闘機が充実した敵方の艦隊や基地の情報を詳細に入手することは困難になってきた。
このため、偵察任務は徐々に艦上機に移行していくこととなる。日本海軍では、ミッドウェー海戦で偵察機仕様に
改造した2機の十三試艦上爆撃機(のちに正式採用されて二式艦上偵察機となる)を運用したのをはじめ、マリア
ナ沖海戦では第六〇一航空隊が17機もの二式艦偵を空母に搭載し、使用していた(発艦に難のある小型空母では
九七式艦上攻撃機を使用)。
さらに、艦上偵察機として「彩雲」も開発された。搭載機数に限りがある中で攻撃力を最大化したい空母におい
て、偵察専門の艦上機というのは他に類をみないものである。しかし、空母に随伴する戦艦や巡洋艦から本機を運
用することで艦上偵察機の負担を減らしたり、三座であるため夜間偵察機として使用できることから、大戦後半も
水上偵察機の出番は減らず、本機も終戦まで船団護衛や対潜哨戒任務において主力機として、日本本土から外地の
離島の基地まで広い範囲で働いた(例として、1943年10月11日に宗谷海峡を逃走中の潜水艦ワフーにとどめを刺
したのは本機の爆弾であった)。
また、少数機が当時友好国だったタイへ供与されている。第二次世界大戦終戦時には約200機が残存していたが、
この内約4分の1が外地に残っていた機体であった。また後にフランス軍に引き渡された数機が、インドシナの植民
地で使用された。日本国内では、海中から引き上げた機体が鹿児島県南さつま市の万世特攻平和祈念館に展示保存
されている。